ブランディッシュVT キエン・ニュートラルエンディング後日談
*ネタばれがあります。同ゲーム及び『ブランディッシュ4 眠れる神の塔』を未プレイのかたはご注意ください*
誰もいないはず塔の中で、その泣き声は奇妙なほどはっきりとキエンの意識を揺さぶった。また塔が開いたかと彼は危惧を抱いたが、そのような兆候はない。自らの中のギリアスの意識も沈黙を守っている。キエンはしばらく逡巡し、様子を見に行くことに決めた。 泣いていたのは、物心つくかつかないかの幼女だった。名を尋ねるとユーラと答えたが、何故ここにいるのかは説明できないようだった。よほど人恋しかったのかキエンにしがみつき、離れようとしない。 このまま放っておけば、この子は程なく死ぬであろう。この神の塔には異形のものたちが今なお生息している。そして大多数は人間を殺戮の対象としか見ていない。恐らくは1日もしないうちにそれらに見つかり、彼女が殺されるだろうことは確実だった。 彼はユーラを抱き上げた。そうされると彼女は安心したようで、泣き声がいくらかおさまった。指をしゃぶりながらしゃくりあげる幼女を見ながら、キエンは考えた。 今の塔の封印は、彼と魔導王ギリアスの力の拮抗の上に成り立っている。だから何であれ、それを崩す恐れのあるものが入りこむのは危険だった。そもそも何故、ここに彼女が入ってこれたのか、それがキエンにはわからなかった。だから非情に見えても、危険を避けるためには見捨てた方がいいし、そうするほうが簡単である。 だが同時に、人としての自分にはそれができないことも、彼は知っていた。それがいかなる結果を自分に招こうとも……。 閉ざされた塔の中では、時間は意味を持たない。キエンとユーラの生活も、そういう意味では単調なものだった。文字を教え、剣技やいくばくかの魔法を教え、共に塔の中を探検して歩く……だが、ゆっくりした時間の流れの中で彼女は少しずつ、だが確実に幼女から少女へ、そして若い娘へと成長しつつあった。 このままこの子は一生をここで終えるのだろうか。ふとキエンの心にそんな疑問が生まれた。ギリアスと同化し塔を閉ざす彼は、事故で致命傷でも負わない限りは事実上不死である。だがユーラはそうではない。誰とも出会わず、この中から出ることもかなわず、ただ歳を重ねて老い朽ちていくのだろうか……そう思うと、彼女が哀れな気がした。 ……そんな心が、塔の結界にほころびを作ったのかもしれない。 ある日のことだった。塔の中に異質な気配が入ってきたのをキエンは感じた。同時にひとりで遊びにでかけていたユーラが、息せききって戻ってくる。 「キエン……街に知らない人がいる!」 事態は明らかだった。なにも言わずに彼は剣をとり、そこへ向かった。そして彼女が言ったとおり、旧街区でひとりの男と出くわした。 「キエン……!」 追いついたユーラが近づこうとするのを制し、キエンは剣を抜く。この赤い鎧のどうということのなさそうな傭兵風情が、実は危険きわまりない存在であることを、彼は本能的に悟っていた。今この男を倒さなければ、再び塔に災厄が訪れる。それだけは避けなくてはならない。 キエンの仕草を見て、男も剣を抜いた。数秒間の沈黙の後、突然2本の剣が耳障りな金属音を発して打ちつけられる。ユーラが思わず耳をふさぐのが、キエンの視界の隅に見えた。 戦いはしばらく続いた。ふたりとも腕はほぼ互角、魔法の力も似たようなものである。お互いに浅い傷を数ヶ所与えあいつつあったが、このまま勝負は持久戦になるかと思われた。 ところが、男はキエンが想像もしない戦法に出た。 不意に彼から飛び離れると、ユーラに魔法を放ったのである。それほど大きくない、彼女でも充分防げるものではあったが、それでも一瞬キエンの意識はユーラヘ向かう。そしてその瞬間を男は見逃さなかった。一気に踏み込むと、体当たりをするようにキエンの胴に剣を突きこみ、そして引き抜いた。 「……!」 致命傷であった。どっと血しぶきがあがり、ユーラが悲鳴を上げる。そしてそれに重なるように、勝ち誇った笑い声が、唐突に3人すべての脳裏に響き渡った。 ―よくやった、男。そしてユーラ、我が巫女よ…… いまだ血刀を構えたまま、男が眉をひそめた。声の主を探すようにあたりを見回す。 ―これでわたしの力は再びわたしの物となった。塔は開かれ、我が再生の力となるだろう キエンがゆっくりと崩れ折れた。ユーラが駆け寄って支えようとするがかなわず、彼は床に倒れ伏す。 「キエン、やだ……死んじゃ駄目、しっかりして!」 悲痛な彼女の声をあざわらうように、再び声が響いた。 ―しょせん奴の器は人に過ぎぬ。いかに強大な力を持ちわたしと同化しようとも、人であるかぎりこのギリアスの力すべてを押さえることなど出来はせぬ ―……男よ、よくぞこの邪魔者を倒してくれた。そしてユーラ……役目は終わった。我が元へ戻るがいい ―……しかし娘ひとりを与えただけで、ここまでもろくなろうとは……その心の弱さを悔やむがいい、憎むがいい、キエン…… もういちど笑いを響かせ、声は去った。 ……塔が、鳴動した。 それにあわせるかのように、キエンの命も消えつつあった。寄り添うユーラに向かって最後の息の中から言葉がもれ、そして彼はこときれる。泣きながらユーラは彼の身体を揺さぶったが、二度とその眼は開かなかった。 どのくらい時間がたっただろうか。 やがてユーラが顔をあげた。涙をぐいと拭うと、キエンの手からそっと剣を取り上げる。それがまだ使えることを確認した彼女はゆっくりと立ち上がった。憎悪に輝く瞳が、ただ立ちつくすかに見える男に注がれる。 「……利用されっぱなしにはなるものか」 歯をくいしばってユーラはつぶやいた。男は黙然と彼女を見返す。 「許さない……」 そして不意に彼女は身をひるがえし、そのまま闇の奥へと駆け去った。後に残された男はなおもしばらくキエンの遺体を見ていたが、無言で剣の血糊を拭うと鞘に戻し、歩き始めた。 ユーラの後を追うように。
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『ブランディッシュ4 眠れる神の塔』がPC98ゲームで『ブランディッシュVT』と呼ばれていたころのものです。キエンはグッド、ニュートラル、イヴィルどれを取っても切ないエンディングなんですが、中でもノーマルのにはほろりと来てしまいました。 |