強 襲 制 圧 隊 |
耐圧シートに落ち着いたマーカス・A・ハリス中佐は、突撃艇の通信コードをヘルメットに接続した。いつもの癖で唇を軽くしめすと、おもむろに口を開く。 「各分隊、最終確認……第一」 ――第一分隊、よし 小気味良くはりつめた声が戻ってくる。第二、第三、第四……全ての分隊が、中佐の問いに応えてOKの声をあげた。軽くうなずいた彼は腕をのばすと、回線を母艦に切り換える。 「強襲制圧隊、作戦開始」 ――了解、母艦射出口解放、確認。いってらっしゃい、皆さん! 「ありがとう」 その明るい声にハリスはわずかに微笑み、そしてかたわらの隊員にうなずきかけた。うなずき返した隊員は、いくつかのスイッチを操作する。 「出ます……3、2、1」 ……一瞬後、強烈なGと共に突撃艇は宇宙へ飛び出していた。 漆黒の突撃艇が、宇宙をいくつも疾走する。 今回の目標は、比較的小規模なコロニーだった。アステロイドの中をくりぬき、居住空間とする古いタイプの……というか、はっきり言えば貧乏くさいコロニーである。だが、外見はそうでもそこに住んでいるのは極めて厄介な連中だった。俗に宙賊と呼ばれる宇宙海賊である。ハリスらの任務は、その制圧、できれば宙賊を掃討することだった。 「前方に小物体多数!」 隣でディスプレイをにらんでいた隊員が鋭く言った。来たか、と思いながらハリスは問い返す。 「種類は」 「戦闘艦と岩石です。数は……爆発しました!」 報告しかけた彼の声がうわずった。 「岩石が爆発。数はおよそ二十。破片はこちらへの直撃軌道です!」 「全突撃艇、回避プログラム始動!」 間髪入れずハリスは命じた。ほぼ同時に襲った横Gが彼の全身を押し潰す。Gはいちどだけでなく、二度、三度と彼らを振り回した。爆発の加速度そのままに襲いかかってくる岩石の破片を避けようとする突撃艇の動きである。破片と言っても大きなものは直径数メートルはあるのだ。衝突すれば三人乗りの小型艇などひとたまりもない。 だが、その名のとおり突撃、強襲専門のこの艇がおこなえる機動には限度があった。 「三秒後に破片群!」 「衝撃に備えろ!」 ハリスの声とほぼ同時に、彼らは数百トンもの岩石の雨の中へつっこんでいく。たちまちいくつもの衝撃がシートや床を伝わって三人の搭乗員の身体を揺るがした。そんな中、なおも回避行動を繰り返しながら突撃艇は進んでいく。 「第十二艇、ビーコン消滅!」 Gに息を切らせながら、隊員が報告した。 「第八艇、二十五艇、消滅……第十三艇消滅」 回避しきれなかったのか、次々と艇が破壊されていった。報告の度にハリスは無意識に三人、六人と死者の数を数えていく。その間にも衝撃と不規則なGは連続して続き、そして不意に両方とも消えた。どうやら岩石雨を抜けたらしい。 「……宙賊戦闘艦は?」 握りしめていたこぶしを開くと、ハリスは隊員に問いかけた。彼は冷や汗をかいた顔をちらりと指揮官に向け、ディスプレイに眼を落とす。 「……ありません。残留赤外線がコロニーから離れる方向にのびています」 「逃げたかな?」 「だとすると、制圧もやりやすくなりますね」 後方の席にいた別の隊員が、ややほっとしたように口をはさんできた。ハリスはうなずき、時計を見やる。攻撃を受けたため多少予定より遅れていたが、この分ならスムーズに作戦はすすみそうだった。 がくん、とつんのめるような逆Gがかかり、シートベルトが身体に食い込んだ。同時にかすかな発射音がしてアンカーが射出され、アステロイドの表面をがっちりとつかむ。 「……ハッチ解放、散開!」 シートベルトをはずしながらハリスは命じた。突撃艇の天井が大きく開き、頭上に宇宙があらわになる。あらかじめ内部の空気は抜いてあるので気流は発生しない。ただ、わずかな水蒸気が一瞬視界に白く見えただけだった。 手に手に武器を取って、彼らは艇から飛び出した。素早く手をのばして船殻をつかみ、浮き上がりそうになる身体を引き降ろす。着地してあたりを見回すと、周囲に着陸した数々の艇からも、同じように気密服姿の人影が踊り出すのが見えた。ハリスは手早く指示して彼らをとりまとめると、目標地点に向かって前進を開始する。 このアステロイドにはほとんど自転がない。ハリスと部下たちは、背にした推進機を巧みに操りながら地表近くを滑るように進んでいった。ほどなく彼らの眼に、侵入地点に決めていた非常用エアロックと、そのまわりで動くいくつもの人影が入った。皆強襲隊仕様の黒い防護気密服である。 と、ハリスのヘルメットに若い女性の声が聞こえてきた。 ――ハリス中佐? 「エセリーか、どうだ」 彼が応じると、エセリアル・バネット大尉は淡々とした調子で語を続けた。 ――今外扉を解放するところです。橋頭堡を築きますので、中佐は外に残ってるのと一緒に哨戒をお願いします その言葉と同時に少量の水蒸気がエアロックから吹き出した。数人が開いたハッチから次々と中に這い込んでいき、最後のひとりがハリスに手をふったかと思うと、またハッチは閉ざされる。残されたハリスは、他の者たちと同じように、でこぼこした岩石の地表に向かって警戒の眼を走らせた。視界の隅に映る時計が、経過時間を表わしている。一秒、二秒と時間が過ぎるのを感じながら、内部ではどのくらいの反撃があるだろうかと彼は考えた。戦闘艦が去っていったということは、このコロニーは遺棄されたのかもしれない。だが、油断は禁物である。たとえ人がいなくても、罠が残っているということはありうるのだ。 ――……中佐、バネットです しばらくして、再び通信が入った。 「ハリスだ」 ――橋頭堡確保しました 「了解。今から行く」 ハッチに眼をやると、幾人かがまたハッチを開けようとしていた。ハリスも自分の部下に指示をすると彼らの後に続く。最後にハッチを閉める瞬間、いつもの癖で彼は背後を振り返り、宇宙を眺めやった。 コロニーの中は暗かった。最初、宙賊たちが待避する時に電源も切っていったのかと思ったが、通路の奥から聞こえる戦闘の音がそれを否定していた。どうやら全員が逃げたわけではなく、残留者がいたようである。そして彼らは照明を落として反撃に出たらしい。先行した者たちが警戒する中、銃を手にエアロックから這い出たハリスは、素早くヘルメットを暗視に切り替えると駆け出した。そして程なく、熾烈な銃撃戦が行われている通路へたどりつく。 「各自エセリーの指揮下で戦闘に入れ……エセリー?」 よびかけに応じて、応急に作ったらしい遮蔽物の陰からひとつの気密服が合図した。彼は部下たちが戦列に加わるのを確認してから、一気に彼女の隣へ転がり込む。 「残っていた連中がいたか」 「そのようですね」 自らも銃を構えて指揮をしながら、落ち着き払ってエセリーは応じた。 「隔壁を閉められたらやっかいな所でしたが……指揮を引き継ぎますか?」 「いや、任せる……閉めれば守りはたやすくなるが、分断されて反撃はしづらくなる……反撃して叩き出すほうを選んだというところかな、連中は」 「かもしれません」 その声にいささか微妙な調子が混じるのに、ハリスは気付いた。問いかけると、ややためらった後で彼女は答えた。 「……どうも勝手が違うような気がします」 「勝手が違う?」 ハリスは首をかしげた。 「うまくは言えませんが……手応えが違うんです。普通の相手ではないような」 「向こうは兵士じゃない、宙賊だ。パターンが違うのは当然じゃないか?」 「そういうわけではなくて……」 エセリーが説明しようとした時、通信の着信音がした。続いて大きな声がヘルメットに響いてくる。 ――中佐、フェンです 別方向からの侵入部隊を率いているシウリオン・フェン少佐だった。どうやら動揺しているらしいその声に、ハリスはやや不安を覚えた。頭に浮かんだいくつかの事態に対し、素早く対策をシミュレーションする。 「どうした?」 ――ここの連中、迎撃を年寄りと子供でかためてきました! 「なんだと? どういう意味だ」 「それか、手応えが違うのは!」 面くらうハリスの横で、エセリーが鋭く舌打ちした。銃撃をやめ、ライトを照射するよう部下に命令する。一同があわただしくヘルメットを暗視から可視光に切りかえる中、白い光が宙賊たちのひそんでいると思われる場所をさっと照らし出した。 「…………!」 とらえることができた動くものは、素早く隠れる影だけだった。だが、彼我の間に転がる十体ほどの死体を見て、制圧隊は皆一様に息を飲んだ。中には、構えていた銃をおろしてしまった者もある。 「……こっちもそうか」 ややあって、ハリスは短くうめいた。 残されているのは、中年から老境にかけての老人と少年少女のものばかりだった。いわゆる働き盛りの、組織の中核をなす者たちはいない。装備は皆そこそこのもので固めているが、それでも、攻め込む側の制圧隊の標準からすれば貧弱だった。 これらの死体だけが選択的に残されたとは考えにくい。恐らく、迎撃側の構成そのものが、老人と子供中心なのであろう。とハリスは考えた。 ならば、彼ら以外の者たちはどこへいったのか。 「……あの逃げた艦……!」 エセリーがつぶやきハリスを見た。その時、軽い銃声がしたかと同時に彼女の身体がぐらりとよろめく。 「照射やめ! ディム来い、エセリーが負傷!」 ライトの範囲外から狙撃された、そう判断したハリスは叫んだ。一瞬であたりは暗闇に戻る。と、次の瞬間、それまで止まっていた宙賊たちの銃撃が再び始まった。 ライトを向けられたことで、自分たちの“正体”が見抜かれたのを悟っただろう。だがそれでも、彼らは戦闘をやめようとしなかった。まるで自暴自棄になったかのように絶え間なく銃を撃ち込んでくる。 多分、本当に自暴自棄になっているのだろう、とハリスは思った。駆け込んできた医療兵にエセリーをまかせ、フェンを呼んで手短に状況を説明する。 ――……汚ねえマネしやがる…… 舌打ちの音が、通信ごしにもはっきり聞こえてきた。 ――足手まといは残して足止めに使うってか。俺たちにはかなわないことを知ってながら そして彼は短く沈黙する。言葉には出さなかったが、このまま戦闘を続けるか否か、フェンが指揮官の意向を尋ねていることがハリスには分かった。 ハリスは眼を閉じた。大きく息を吸い込むと口を開く。 「そのまま続行しろ。抵抗するなら殲滅もやむをえん」 ――……了解 フェン少佐の声に非難や不満の色はなかった。通信を終わり、改めて指揮を執ろうとしたハリスは、エセリーがそばに戻ってきているのに気付いた。 「大丈夫か?」 「応急手当は済ませました。左脇腹から弾が入っていますが、命に別状はないそうです」 冷静にそう答え、引き続き指揮は私が、と彼女は付け足した。そして、ハリスに眼を向ける。 「中佐。制圧を強行した場合、恐らく宙賊は我々の行為を格好の宣伝材料として使うでしょう。ですが、このアステロイドコロニーを確保しなければ、こちらの航路の安全が脅かされることになります……両方選択することはできません」 中佐が悪いのではない、言外にエセリーはそう言い、つとハリスから離れた。彼女の指揮に従って制圧隊は的確な攻撃を宙賊たちに加えていく。たちまちやってくる銃撃の数が減り、彼らは奥へと後退していった。 それを追って進みながら、ハリスは血が出るほど唇を噛んだ。 結局、抵抗は最後まで続いた。たまりかねたフェンなどは一旦攻撃を停止、降伏を呼びかけたのだが、彼らは頑として聞き入れなかった。何が彼らをそこまで強硬にさせたのかわからない。だが結果として、作戦を終了した時には、残っていた宙賊……老人と子供たち……のほぼ全員が死んでいた。 エセリーが予想した通り、宙賊はこのことを派手に宣伝した。強襲制圧隊は老人や子供が中心に居住するコロニーを襲撃、百人以上を殺戮したと声明を出したのである。だが、そのコロニーの戦略価値や、老人や子供がわざと残されたのだということには一切触れなかった。 そして、これに一部マスコミが……宙賊の息のかかった連中かどうかは知らないが……追従した。彼らがさらにあおりたてた結果、ハリス中佐と強襲制圧隊は世論の非難にさらされることとなった。 「……娘さんからですか?」 オフィスで1枚の水彩画に見入るハリスに、エセリーを従えたフェンが入ってきて声をかけた。ハリスはやや照れくさそうに笑顔を見せる。 「うん、学校の美術コンクールで優勝した絵だそうだ。コピーだが」 「へえ、うまいですね。才能あるかもしれないですよ」 「子供の時の評価なんてのはあてにならないぞ、リオン。十歳で神童、二十歳過ぎれば大抵はただの人だ。現にわたしもそうだったんだから」 「なんだ、あなたも神童って言われてたんですか。実は俺もそうなんです」 ふたりは顔を見合わせ、にやりと笑った。だが不意にハリスの表情が曇り、手にした水彩画に眼を落とす。そんな彼の顔を見てフェンはなにか言いかけたが、その心情をおもんぱかったのか口を閉じた。かわって、それまで黙していたエセリーが口を開く。 「……あの宙賊のコロニーですか」 その直接的な問いに、彼は黙ってうなずいた。 「そういえば……娘さんと同世代の子供もいましたね」 「……ああ」 「おいエセリー、お前ちょっと無神経だぞ」 憮然とした調子でフェンがたしなめる。だが彼女は彼の文句を無視して続けた。 「あの時も言いましたが、中佐、我々は両方選択はできなかったんです。我々が引いて宙賊の跳梁跋扈を許すか、断固として排除するか……そして、排除するのが今回の任務だったんですから」 「エセリー」 「分かっている人はちゃんと分かっていますよ。とりあえずはそれで納得するしかありません。というより、それ以上我々には望めません……命令されてやっている以上は」 「……そうだな」 そんなものでことが解決するわけではない、とはハリスは言わなかった。恐らくエセリーも彼の考えを分かった上で言っているのであろう。だからハリスはひとつうなずき、娘の絵をそっとしまった。 「納得するしかないんだろうな……我々には」 |
強 襲 制 圧 隊 |
2年くらい前に無性に戦記物が書きたくなった時期がありまして、その時「海兵隊みたく敵地に切り込んでいく部隊って宇宙戦闘でできないかなあ」と思ったのがこれです。が、世界背景とかがどうもうまく構築できなかったのでそのまんまお蔵入りに……多分もう世に出ることはなかろうと思うんで、ここに放り込むことにしました。 この話は、本格的にいろいろ考え出す前にとりあえず雰囲気とかどんなもんかと試しに書いてみたものです。なのでタイトルも適当……。 |