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The Voyage of Queen Dragon,Vol.7
未来は決まらず



 セント・バーナス。
 超テクノロジーの宝庫といわれる『Xゾーン』への入り口にある太陽系である。1年ほど前、このXゾーンでいままで不可能だったフォールド航行をを可能にする技術が発見されたといううわさが広まった。そのため、一攫千金を夢見る者たちがここには続々と集まりつつある。


「全然駄目だわ、アレックス」
 航宙船『クイーン・ドラゴン』船長アネリースは、IC公衆端末から戻ってくると、所在なげにベンチで待っていた乗組員のアレックスに肩をすくめてみせた。
「何件か当たってみたけど、みんな『クイーン・ドラゴン』がフォールドシップで武装もしてるんなら、輸送船なんかよりトレジャーハンターやったらって言うのよ。そういう山師みたいなことはやりたくないから輸送船の職をさがしてるのに」
「ふーん」
 セント・バーナスには到着したものの、彼女たちの将来は必ずしも明るいとは言えなかった。財産がいよいよ少なくなってきた上に仕事がないのである。いや、ないわけではないのだが、皆トレジャーハンターや超テクノロジー相手の賞金稼ぎといった類ばかりだった。もともと堅気の生活がしたくて、辺境の海賊団の首領の娘という泣く子も黙る地位を捨ててきたアネリースにとっては、そんなうさんくささでは海賊と紙一重のことは、どうも余り気が進まないのである。
「……でもやっぱり、妥協しなくちゃならないのかしらね」
 アレックスのとなりに腰をかけ、なんとなしに気弱な調子で彼女は言った。
「結局生活できなければ何もならないんだもの」
「別に君がしたいようにすればいい」
 アレックスがぼそりと応じる。一見投げやりだが、それが彼の性格が許す精一杯の気遣いであることを知っているアネリースは、笑ってその言葉を受け取った。
「……ところでマリアは?」
 ふと、アネリースはアレックスに尋ねた。そういえば一緒に待っていたはずの航法士のマリアの姿がない。彼女の問いにアレックスはあごをしゃくって言った。
「なにか珍しいものでも見つけたらしい」
 向こうにふっとんでいった、というわけである。
「また騒ぎの種を見つけてくるんじゃないでしょうね、あの子ったら」
「さあ」
 だがまさにその時「なにすんのよ!」というかん高いマリアの声がふたりの耳に届いた。なにやらただごとではない雰囲気である。予感的中という顔でアネリースはアレックスを見やり、ためいきをついて立ち上がった。


 ふたりが駆けつけた時、マリアは3人ばかりのガラの悪そうな男に囲まれていた。素早くそれを見て取ったアネリースは、無茶を承知でその間に入りこむとマリアをかばうように立ちはだかる。続いたアレックスがさらに彼女の前に立とうとするのを眼で制すると男のひとりをにらみ上げた。
「うちの乗組員に一体何の用?」
「アネリースさん、こいつらひどいんですよー!」
 男たちに口をはさむ間も与えずにマリアが興奮して言い立てた。
「ちょっとぶつかっただけなのに、因縁つけてくるんですー!」
「因縁たぁなんだ!」
 今度吠えたのは男の方だった。本気で腹をたてている。
「ぶつかったらごめんなさいくらい言うのが礼儀だろう。知らんぷりして逃げようとしやがって、注意したら因縁つけたとか騒ぎ始めやがった。一体どういうしつけをしてるんだ!?」
 人相は悪いが嘘を言っているようには見えない。アネリースは思わずマリアを振り返った。
「マリア、それ本当?」
「そんなことないですー!」
 力一杯マリアは否定する。だが、その言葉にほんの少し、あやふやな調子があるのをアネリースは聞き逃さなかった。怒れる男たちとマリアをアネリースは交互に見やり、最後に腕を組むとマリアを見つめた。
「……マリア、本当は悪いのはあんたなんでしょ」
「……でもアネリースさーん!」
「でもじゃないの。きちんとこの人たちにあやまりなさい。船長命令よ」
「うー」
 不満そうにマリアは黙った。さらにアネリースが言いつのろうとした時である。
「アネリース、助けに来たわよ!」
 その声と同時にぼぐっという妙な音がして、正面の男が倒れた。
「!?」
 太い棍棒をふりかざして現れた女性を見て、アネリースは自分の眼を疑った。ここにいるはずのないアールグレーが誇らしげに立っている。
「あ、あんたどうやって……」
「野郎、なにしやがる?!」
 彼女の言葉を遮るように、残されたふたりの男が罵声と共にアールグレーにとびかかった。だがアールグレーは素早くかわし、返す棒で1瞬のうちに彼らをたたきのめす。その鮮やかな手並みに集まっていた野次馬が拍手をした。
「どうもありがとう、皆さん」
 あっけにとられるアネリースたちを尻目に、アールグレーは悠然と野次馬たちに一礼した。そしてアネリースを振り返り……がしっとしがみつく。
「大丈夫アネリース、ケガはない?」
「きゃあー!」
 完全に不意をつかれてアネリースは情けない悲鳴を上げた。必死でアールグレーを振りほどこうと試みる。
「なんであんたがこんな所に出現するのよ!」
「なんでって、決まってるじゃないの、あなたを追いかけてきたのよ。あーあいたかったわ。さびしかったのよアネリース!」
「私は会いたくなかったわ!」
 ほおずりするアールグレーからなるべく顔を遠ざけようとしながらアネリースが言いかえした。
「大体、あんた確か逮捕されたはずでしょ、まさかもう釈放されたとかいうんじゃないでしょうね?!」
「違うわよ」
 こともなげにアールグレーは否定する。
「自分から出てきたの。だってあそこ退屈で退屈で。もう充分調書はとったし、情報は提供したし、お役目は果たしたからいいと思って」
「良くない!」
「何怒ってるの? 大丈夫よ。ちゃんとあなたの所へ行くってことづけておいたから。逃亡にはならないわよ」
「そおいう問題じゃなーい!」
 アネリースは真っ青になった。それではまるで自分たちは共犯ではないか。
「すぐ戻りなさい! もどっておとなしく懲役でも銃殺刑でも受けてきて。二度と私の前に姿を見せないで! もうあんたとは関りたくないわ!」
「あら何照れてるのよアネリース。いまさらそんなこと言わなくてもいいのに、かわいいのね。それにあたしだってちゃんと反省したんだから。その証拠にちゃんとあなたがたに仕事も持ってきてあげたのよ。絶対儲かるし・ご・と。うふ」
「やめてー、もうこれ以上私たちをまきこまないでー!」
 道端で繰り広げられるちょっと変わった痴話ゲンカ(?)に、野次馬たちはやんやと沸いた。その様子を例によって少し離れた所からマリアとアレックスが眺めている。別に意識して他人のふりをしている訳ではないのだが……
「……助けにいかないんですかー? アレックスさん」
 ぽつりとマリアが言った。アレックスはなんとも言えない複雑な顔で彼女を見下ろす。
「このままじゃアネリースさん、あの人にとられちゃいますよー。いけない道に入り込んじゃったらどうするんですかー?」
 口調は深刻そうだが、マリアのくりくりした眼は完全に面白がっている。
「………」
「それに、助けに行かなかったらアネリースさん後ですごく怒ると思うなー。アネリースさん怒ると恐いんですよねー」
「………」
「アレックス、マリア、見てる暇があったら助けてちょうだい!」
 アネリースの悲鳴じみた声がとんできた。それを聞いたアレックスは、誰に対してのものかちいさくため息をつくとアネリースの救出に向かう。その後ろに、スキップしながらマリアが続いた。


 ……こうやって、物語は続いていくのである。


用語解説

Xゾーン:地球を中心とする数百光年の範囲では、どういうわけか航宙船はフォールドもジャンプもできず、光速以下の速度でえっちらおっちら通常航行するしかなかった。当然ながら、1光年進むのに百年単位の時間がかかるので、探査もままならなかったのである。

フォールドシップ:超光速航行にはジャンプとフォールドがある。ジャンプは性能が限定されるが、安いためちょっと気の利いた船なら誰でも持っている。一方のフォールドはジャンプと比べ物にならないくらい高性能だが、テルモナイトという高価な希少鉱石が必要になるために、装備しているのは軍か大会社の船がほとんどである。
 ……つまり、アネリースたちは実は軍艦なみの性能の船を持っていたのだった。これでやるのがただの運送屋というのは確かに宝の持ち腐れであろう。

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