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The Voyage of Queen Dragon,Vol.4
ホスピタル・アタック



「ただいま」
『アレックス・ハートリィ』と表示のある病室のドアをあけて、アネリースは言った。
「おかえりなさーいアネリースさん」
 打てば響くようなマリアの答えが返ってきた。病院内の0.5Gの重力を忘れて勢いよく立ち上がった彼女は、そのままふわりと浮き上がってしまう。
「どうだったんですか? 警察は」
「どうもこうも……」
 なんとか床に落ち着いたマリアの問いに、だがアネリースは大きくためいきをついた。
「連中、いくらこっちに襲われるような心当たりはないって言ってもてんで信じてくれないのよ。逆に、なんでわざわざ辺境からここまで来たんだって疑われて……あ、ケーキ買って来たけど食べる?」
「わーい、いただきますー」
 大喜びでマリアは箱を受け取り、中を物色しはじめる。その間にアネリースはベッドの枕もとに腰掛けた。横になったまま顔を向けるアレックスに話しかける。
「……で、アレックス。その女暗殺者ってやつだけど、またくると思う?」
「多分な」
 街で女暗殺者と渡りあった際に重傷を負い、いまだ入院中の彼は短く言った。
「彼女はいちど失敗した。汚名をはらそうとして来るだろう」
「一体なんで私たち、狙われなくちゃならないのかしら」
 再びアネリースはため息をついた。
 これがNWFでのことなら別に彼女は気にしない。いくら足を洗っているといっても、やはり海賊団の頭目の娘というのはマークされるものである。だが、ここは知りあいの全くいない近地球圏だ。理由もわからず狙われるというのは非常に気分が悪い。
「でも、今度来たらどうするんですか?」
 自分の取り分をのけた後の箱をアネリースに戻しながら、マリアが不安そうに言った。
「アレックスさんはこんなだし、ケファイドはあのホテルをチェックアウトした後大型荷物用コインロッカーに放りこんじゃったし、勝ち目はないですよアネリースさん」
「そうねえ」
「やっぱり襲ってくるとしたら、天井の点検口からくるのかなー」
 大きな眼をくりくりさせながら、彼女は大まじめに言う。
「それともお医者とか看護婦に化けてくるのか、ほんとにそういうことってあると思います? アネリースさん」
「……あんた、ドラマの見過ぎよ」
 力の抜けた声でアネリースが応じたときだった。ドアのインターホンが軽やかな音を立た。続いて「ハートリィさん、医療機器のチェックを行います。開けてもよろしいでしょうか?」という女の声がする。
「…………」
 今の話題が話題だっただけに、3人は思わず顔を見合わせた。
「……アネリースさーん」
「なに変な心配してるのよ」
 顔をこわばらせるマリアをアネリースが笑い飛ばす。
「そんなアナクロな暗殺者がいたら見てみたいわ。海賊だって今どきもっと洗練された手を使うんだから」
「そうなんですか?」
「そうよ、今度教えてあげる」
 言いつつ彼女は入室の許可を表に表示した。ドアが開き、低重力用靴独特の吸いつくような足取りで看護婦が入ってくる。と……
「アネリース、奴だ!」
 アレックスが叫んだ。同時に跳ね起きると体にかかっている毛布を片手で投げる。丁度投網のように看護婦の前で広がった毛布に、レーザー銃の焦げ穴があいた。マリアの悲鳴とアネリースの怒号が病室に交差する。
「アネリースさん、だから言ったじゃないですかー!」
「ちょっとアレックス! あんたあんな恥ずかしいのにやられたの?!」
「恥ずかしくて悪かったわねっ!」
 パステルピンクの看護婦制服を着込んだ女暗殺者は、頭からかぶった毛布を引きはがすと怒鳴りかえした。だが一瞬で冷静さを取り戻し、銃を構えなおす。
「いただきに来たわよ。そこの男の命とアンドロイド、それに女船長、あんたもね」
「やってみなさいよ」
 ケーキの箱を抱えたまま、アネリースが不敵に応じた。
「アレックスと違って私は女に手加減しないわよ。この前みたいな色仕掛けが通用すると思ってるんならあきらめるのね」
「何ですって?!」
 再び逆上した女は、アネリースへ向かって銃を発射しようとした。だが一瞬早く、ケーキの箱が彼女めがけて投げ付けられる。レーザーは紙の箱を切り裂き、中から飛び出したケーキが顔面に襲いかかった。チェリーパイの直撃をくらって女は短い悲鳴をあげる。1、2歩後ずさった所に、低重力中で思いきり加速度をつけたアネリースの蹴りが炸裂した。あっけないほど簡単に彼女はふっ飛ばされ、背中から壁に激突するとバウンドしたが、やがて0.5Gの重力に引かれてゆっくりと落ちていく。
「……すごい、アネリースさん……」
 参戦しようとするアレックスを無理矢理引っ張って、病室の隅へと避難したマリアだったが、ただあっけにとられてその様子を眺めていた。この間はあんなに苦戦した暗殺者を、アネリースはいとも簡単に手玉にとっている。思わずアレックスのほうをちらりと見たが、彼はわずかに苦笑しているだけだった。
「ケンカの基本はね、マリア」
 手早く髪のリボンを解いて、暗殺者の親指を後ろ手に縛りつけながらアネリースは応じた。こうしておくと手首を縛り上げるのとほぼ同じ効果がある。
「まあ相手にもよるけど、こっちが主導権を握ること、タイミングを計ること、それから、絶対手加減しないこと。このみっつよ……ほら、起きなさいよ!」
 頬を何回かはたくと、女はうめいて眼を開けた。チェリーパイの残骸を顔につけたまま、殺気立った眼でアネリースを見据える。
「おまえを殺してやるわ」
「それはこっちの台詞よ。よくもうちの大事な乗組員に手を出してくれたわね」
 しばし、ふたりはにらみ合った。
「言いなさい、何の目的で私たちを狙うの?」
「誰がいうもんか」
「言わないならこっちにも考えはあるわ。このアネリース・フィレスをなめないことね」
 アネリースの緑の眼が、女に劣らずぎらついた。床に落ちたレーザー銃を拾い上げると、彼女の胸ぐらをぐいとつかみあげる。が、アレックスの声にその動作がとまった。
「それ以上は過剰防衛になるぞ、アネリース」
「でもアレックス」
 アネリースは不満そうにふりかえったが、彼が何も言わないのを見ると、しぶしぶ女から手を離し、立ち上がる。
「……アレックスが女に甘いのに感謝することね、恥ずかしい暗殺者さん」
「アールグレーとお呼び!」
 アールグレーは憎悪に燃える眼をアレックスに向けた。
「前にも言ったと思うけど、あんたみたいな男あたし大嫌いよ。ちょっとばかり顔が良くてもてるからって、優しいぶって格好つけて」
「……昔、そういう男にふられたからとか言わないでよね」
 ぼそりとアネリースがつぶやいた。聞こえないように言ったつもりだったがアールグレーの耳には届いたらしい。恐ろしい勢いで彼女を振り返る。
「これで終ると思ったら大間違いよ! あんたたちが生きてる限り、あたしはあんたたちを追いつめて殺してやるわ! たっぷりと苦しめて殺してやる! おぼえてなさい」
「心にとめておくわ」
 適当にあしらって、アネリースはアールグレーを警察に引き渡した。だが後日、留置場から彼女が逃走したという知らせを彼女たちは受け取ることになる。

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