The Voyage of Queen Dragon,Vol.6
フォール・イン・ラブ

……宇宙港近くの待避航路で、航宙船『クイーン・ドラゴン』は停止していた。出港のアプローチ中に船内に怪しい人物が入りこんだことが判明したため、ポートパトロールに緊急連絡をすると共に出港を中止したのである。
「さて」
『クイーン・ドラゴン』ブリッジ。船長アネリースは腕を組むと、自分の前にふんぞりかえって座っている女暗殺者を見やった。
「ポート・パトロールに引き渡す前に、なんで私たちをつけ狙ったか洗いざらいしゃべってもらいましょうか」
「あたしがしゃべるとでも思ってるの?」
暗殺者アールグレーは、挑発するように眉をあげる。
「依頼人と情報源をを明かさないっていうのは、商売の第一の鉄則よ。あんたそんなことも知らないの」
「あら、あんたよりよっぽどよおく知ってるわよ。たかがコロニーの暗殺者ごときに同じレベルで考えてもらいたくないわね」
アネリースも負けてはいない。正面から受けてたつと逆挑発にかかった。ふたりの女は睨みあう。
「……アステロイドにも住めない貧乏人のくせに、大きな口をたたくんじゃないわ。宇宙船乗りとは地位が違うのよ、地位が」
「知らないの? 船って維持費が大変なのよ。コロニーやドーム都市みたいに貧乏でも税金払えば住めるってわけじゃないわ。あんたってやっぱり頭悪いのね」
「……なんですって?」
「……アレックスさーん」
少し離れたところからその様子を見守っていた航法士のマリアが、不安そうにかたわらのアレックスを見上げた。
「なんだかちょっと論点がずれてるって思いませんか?」
「…………」
武器管制兼ナビレーターのアレックスも、端正な顔に困惑した表情を浮かべている。そんなふたりをよそに、アネリースとアールグレーの口論は次第に盛りあがりを見せていた。
「……要するに、あんたはあたしが無能だとそう言いいたいわけね、女船長」
「それ以外に聞こえたかしら?」
声を低めるアールグレーに対し、アネリースは余裕で応じる。
「所詮あんたの言う依頼にしたって、子供でもできるようなものなんでしょ。そんなのに2度も3度も失敗するなんて、あんたの実力とやらもたかがしれてるわよ。いいわね近地球圏は、あんたみたいのでも商売やっていけるんだから」
「きーっなんですってぇ!」
ついにアールグレーが爆発した。首をしめかねない勢いでアネリースをにらみつける。
「子供でもできるような依頼ですって?! よくもそこまで馬鹿にしたわね女船長、いいわよ言ってやるわ、あたしの受けた依頼を聞いてびびるんじゃないわよ!」
……このとき、アネリースの出した密かなVサインを、後ろにいたマリアは見逃さなかった。
「じゃ結局なに?」
確認をするようにアネリースが問い返した。自分の耳にした言葉が信じられない表情である。
「依頼っていうのは、悪の組織の親玉がケファイドを自分のあ……愛人にしたいから取ってこいって、そういうことだったの?」
「ま、そういうことになるわね」
アールグレーはうなずく。それを聞いたアネリースは思わず船長席に座りこんだ。かわってマリアが遠慮がちに口を開く。
「そのー……なんかおかしいなとか、そういう風には思わなかったんですかー?」
「別に」
「……病んでるー」
「なんですって」
「……しかし、その依頼主っていう人も、よくあんたみたいに当初の目的を見失った挙げ句に失敗を繰返すような暗殺者を雇ってるわね」
「普段はあたしの腕は完璧なのよ!」
どこか投げやりなアネリースの言葉に、アールグレーはむきになって反論した。
「今回に限っていろいろあんたたちの仕組んだ狡猾な邪魔がはいったのよ。それさえなきゃあ……とにかく、あたしは依頼主から絶対に信頼されてるの。わかる?」
「意外と、実は忘れ去られてるだけだったりしてー」
ぼそりとマリアがつぶやく。もちろん聞こえないように言ったつもりだったが、彼女が思っていたよりアールグレーの耳は鋭かった。
「なんだって小娘、もういちど言ってごらん!」
「わあちょっと、やめなさい!」
マリアに詰め寄ろうとしたアールグレーをアネリースはあわててはがいじめにした。
「マリアもあんまり挑発しないでちょうだい。危ないでしょ」
「でもでもアネリースさん、絶対変ですよー、殺し屋が2回も3回も失敗して平気なんて。普通は1回失敗したらその場で消されちゃったりするもんじゃないですか」
「だから言ってるでしょ、あたしは腕がいいから特別なのよ!」
「腕がいい人がなんで2回も3回も失敗するのよー」
「マリア、よしなさいってば!」
必死でアネリースはたしなめた。ここでアールグレーに暴れだされでもしたらたまらない。
「……わかったわよ!」
だが、彼女の意に反して、アールグレーはぎりぎりで自制した。
「そこまで言うんなら確かめてやろうじゃないの」
「確かめるって……どうやってやるのよ」
「決まってるでしょ、あたしの雇い主と連絡をとるのよ。あたしをどれだけ認めてるか、話をすれば一発でわかるわ。そうなってから吠え面かくんじゃないわよ小娘!」
ところが、連絡をとった彼女の『依頼主』は、傍らに美少年をはべらせつつ開口一番、こう言ったのである。
「ああ……お前まだやってたのか。すっかり忘れとったわい」
……アールグレーの意気消沈ぶりは、さすがのアネリースも気の毒になるほどだった。まあ無理もない。彼女は彼女なりに依頼主に信頼されていると信じ、それをプロとしての誇りと励みにしてきたのだろう。たとえそれがどんなしょーもない依頼主であったとしても。
「……ねえ」
しばらく逡巡したあげく、アネリースは声をかけた。
「ほっといてよ!」
ブリッジの隅で膝を抱えたアールグレーは力なく応じる。
「笑うなら笑いなさいよ。どうせ心の中じゃさぞ馬鹿な女だと思ってるんでしょ!」
「…………」
「なんてひどい女なの、あんたは!」
きっと彼女はアネリースを見上げた。眼に涙がたまっている。
「そうやってまたあたしを馬鹿にしてるのね! 誰からも裏切られたあたしを笑うのね!」
……一体どうすりゃいいんだ、とアネリースは思った。結局どう言ってもアールグレーには「馬鹿にされた」としかとれないらしい。
「まあ……今更なぐさめたりするつもりはないけど……」
慎重に言葉を選びながら、彼女は口を開いた。
「いい機会だから、この際殺し屋なんかやめて堅気になりなさいよ。まだ若いのにそんな仕事で一生をつぶすなんてもったいないわ。見た所、それほど殺しもしてなさそうだし……」
「殺してなんかいないわ」
「へ?」
「まだひとりも殺してないのよ」
「……だったらなおさらこんな商売やめなさいよ。警察には私からも口添えしてあげるから……もっとも、辺境人の言うことをこの辺の警察がどこまで信用するかは別問題だけど」
「………」
黙ったままアールグレーはアネリースの言葉を聞いていた。それがとぎれると彼女はしばらく考えていたが、やがて今度はゆっくりと立ち上がった。
「……ありがとう」
正面からアネリースを見つめて。アールグレーは言った。眼がうるんでいる。
「あんたって実は……優しいのね」
「そ、それほどでも……」
妙な雰囲気を感じ取って、アネリースは1歩退いた。しかしそれより早くアールグレーは彼女の両手をしっかと握りしめる。
「待っていてね女船長、いえ、アネリース。あたし、あなたのためにきっと堅気になってみせるわ!」
この女は絶対何か勘違いしている、と恐怖の中でアネリースは思った。
……結局、アールグレーは警察に引き渡され、アネリースたちは多少の取り調べを受けた後に解放された。
自由なる星空が目の前には広がっていた。
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