The Voyage of Queen Dragon,Vol.5
トリック・アンド・トリック?

「管制室、こちら『クイーン・ドラゴン』。航路最終チェックお願いします」
{管制室了解……『クイーン・ドラゴン』貴船の航路上に障害物なし、オールクリア}
「『クイーン・ドラゴン』了解、では10分後に航路進入を開始します」
{管制室了解。気をつけて}
「ありがとう」
宙港管制室と航法士のマリアとのやり取りを聞きながら、船長席でアネリースは思わず顔をほころばせた。ここは航宙船『クイーン・ドラゴン』のブリッジである。この船が故障をおこしてドックに放りこまれてから1ヶ月、ようやく彼女たちはもといた宇宙へと戻ることができるのだ。
「……これでやっと、財政難に悩まされながら変な殺し屋に狙われる生活ともさよならだわ」
「そうですねーアネリースさん」
彼女のつぶやきに、作業を一段落終えたマリアがこちらもご機嫌で応じた。
「みんな無事だったし。これであとケファイドをコンテナから出してあげればOKですねー」
この船の乗組員であるアンドロイド……ケファイドは、現在貴重品用コンテナに入れられて貨物室にいる。最初に暗殺者アールグレーに襲撃を受けた後、心配したアネリースがそうやって貨物用ロッカーに預けておいたのだ。彼が出してもらうのはもう少し後、船がこのコロニーを出る航路に完全に入ってからになる。
「あとはお金を稼ぐ方法さえ見つかればいいんだけど」
「大丈夫、そんなのどこにでもありますよー」
「……アネリース」
ふたりの気楽な会話に、やや固い声が割り込んだ。ケファイドにかわって臨時にナビゲーター席についているアレックスからである。
「?」
アネリースは一瞬で表情を改めた。
「慣性質量計なんだが、宙港での値と今しがた加速の時に計測した値とが違っている。誤差の範囲ではあるが……」
「どのくらい?」
「およそ60キロ」
「確かに誤差の範囲ではあるわね」
だが、なんとなく引っ掛かるものを感じる。考え込む彼女にマリアが何かを期待するような視線をむけてきた。
「……こういう時、ドラマかなんかだと必ず密航者がいるんですよねー、アネリースさん」
「そんなあほうが実際にいるんなら見てみたいわ」
マリアの言葉をアネリースはたちまち冷たく葬り去る。
「とりあえず、もういちど計測しなおしてみましょう。マリア、今の状態でちょっとだけ加速できる? 0.5秒くらい」
「いけますよ」
「アレックス、加速にあわせてもう1度だけ計測してちょうだい」
「……その必要はなくってよ!」
勝ち誇った声がブリッジに響きわたった。ぎょっとした一同が振り返ると、そこには銃をかまえたアールグレーが立っていた。
「……あんただったのね」
しばしの沈黙の後、ため息と共に応じたのはアネリースだった。アールグレーはといえば、得意そうに微笑んでいる。
「そうよ。言ったでしょ、今度こそ殺してやるって」
「前にも思ったんだけど、くるならもっと洗練された方法できなさいよ。プロとして恥ずかしくないの?」
「何とでも言いなさい。世の中裏をかいたほうが勝ちなのよ」
「……確かに裏はかかれてるわね」
どこの世界にドラマをそのまま実践してくる殺し屋がいるだろうか。だがそんなのに延々と狙われつづける自分たちも自分たちだ。アネリースはもういちどため息をつき、アールグレーをにらみつけた。
「で、わざわざここまでやって来て、私たちに何の用? 女王様とお呼びとか、靴をおなめとかいうんじゃないでしょうね」
もちろんこれは高飛車なアールグレーに対する皮肉である。だが、なぜかそれに対する反論はなかった……。
「……ちょっと、なんでそこで黙るのよ」
「うるさいわね!」
やや赤面しつつアールグレーは怒鳴り、改めて銃を構えた。
「変なツッコミ入れないで、とっととアンドロイドを出しなさい! あんたたちが連れてるでしょ、知らないとは言わせないわよ」
「アンドロイド……?」
アネリースはふとナビゲーター席に眼を向けた。そこには現在ケファイドではなくアレックスが座ってこちらを見ている。彼女は視線を戻し、やや困惑したように腰に手をあてた。
「そういや前にもそんなこと言ってたそうね。一体何が目的なのよ」
「あんたに教える筋合いはないわ。腰から手を離しなさい、女船長。隙を見て銃かなんか出そうとしたって駄目よ」
「まさかとは思うけど……」
素直に両手をあげながら、アネリースは疑わしげな表情になる。
「彼に靴をなめさせるつもりじゃないでしょうね?」
「違うっつ!」
一瞬でアールグレーは沸騰した。なぜか真っ赤になっている。
「そりゃケファイドならば命令すればいやとは言わないでしょうけど……」
「違うって言ってるでしょーが!」
「でも人間として忠告させてもらえば、それだけはやめたほうが……」
「そーやってどこまで人を変態にすれば……!」
だが、アールグレーはセリフを最後まで言うことができなかった。先程のアネリースの目配せに応じていつの間にか背後に忍び寄ったアレックスに、あっさりと銃を取り上げられたのである。
「……だましたわね!」
数秒間茫然とした後、彼女はわめいた。
「だましたわよ」
平然と応じるアネリース。
「あんたも言ってたじゃない。世の中裏をかいたほうが勝ちだって」
「それとこれとは話が別よ! もう怒ったわ。これを見なさい!」
そう言うと、アールグレーはポケットから小さなリモコンのようなものを取り出した。アネリースの眼の前につきつける。
「こんなこともあろうかとここへくる前に爆弾を仕掛けておいたのよ。船ごとふっ飛びたくなかったら今すぐ言うことを聞きなさい!」
「そ、そこまでするかこの女は……」
さすがに緊張した表情になるアネリースに、彼女はふふふ、と笑った。
「おとなしくしてればいいものをこのあたしを怒らせた報いよ。女船長」
「あのー……」
割り込んだのは、おずおずとした、しかし妙に緊張感のないマリアの声だった。雰囲気を壊されたアールグレーはきっと振り返る。
「なによ小娘! 邪魔するんじゃないわよ、今いい所なんだから!」
「邪魔するつもりはないですけどー……ひとつ指摘したいんですけどー」
「なによ、さっさとお言い!」
「ここでこの船をふっ飛ばしたら、あたしたちと一緒にあなたも宇宙の藻屑になっちゃうんじゃないですか? 一体どうやって脱出するんですかー?」
「……む」
一瞬、アールグレーは毒気を抜かれた表情になった。そしてしばらく宇宙船と一緒に爆死する可能性について考えていたようだっが……不意にくやしそうにリモコンを放り投げる。
「……あんたの勝ちよ、女船長」
「……勝ち?」
なりゆきについていけないアネリースは眼をぱちくりさせた。
「そうよ、このアールグレーともあろうものがこんな素人の集団にしてやられるなんて……さあ、煮るなり焼くなりどうとでもおし!」
「…………」
今度はアネリースが沈黙する番だった。数秒間たって、アールグレーの主張がやっと飲み込めると彼女はため息をつき、船長席に座り込む。
「ちょっと女船長、人がせっかく降伏してやってるのよ。聞いてるの!?」
「聞いてるわよ」
わめくアールグレーに、アネリースは頭を抱えてうなった。
「聞いてるから黙っててちょうだい……お願いだから」
アネリースの頭の中では、こんなのと関ってしまった自分に対する深刻な疑問が渦をまいているのだった。
……かくして、暗殺者アールグレーの襲撃は終わりを告げた。しかし、アネリースたちの災難が本当にこれで終ったのかどうか、それはまだわからない。

用語解説
慣性質量計:無重量状態では重さははかれないので、加速してはかるのである。アルキメデスの風呂とおんなじようなものだと考えてもらってOK(ほんとか?)。
……すいません、物理苦手なんで、詳しくは理科の本を読んでください……。
|